「漢方の一久」店主・小國修広と、他県の漢方薬局で修業中のお弟子君。2人の対談形式でお届けする漢方法話。今回のお題は「マスト人生に疲れたら」です。

マスト人生ってなんですか?

弟子 僕、先日うまく接客できなかったので落ち込んでいるんです。最初にきつい口調で「漢方なんて本当に効くの?」と言われ、ひるんでしまって。
小國 漢方に対して懐疑的な方はいらっしゃるよね。その方に提案するのは難しかったでしょう。
弟子 お話しできなかった僕が悪いのですが、結局「もう、いいわ」と帰ってしまわれました。
小國 そういう方は、うちのお店にもいらっしゃるけど、相当つらい思いをしてきて、精神的にも疲れてしまっている方なんだろうね。
弟子 漢方をしっかりご提案できたら、お役に立てたのにと思うと悔しいです。小國さんだったら、その方にどうお話されましたか?
小國 こちらが話すより、まず話してもらうことを考えるかな。鎧をはずすように、いままでのことを話してもらって、根っこの問題は何かを見つけるためにね。しかし、いろんなことを試されて、期待して、でも治らない。そんな経験が積み重なったら「何も信じられない」という気持ちになってしまうと思います。精神的につらくなって、ますます体調も悪くなってしまうという、負の流れになってしまっているのでしょう。色々な方のご相談に乗る中で気づいたことですが、そういう方は、「マスト人生」を歩んできた方が多いんです。
弟子 マスト人生って何ですか?
小國 「精神的につらそうだな」という方とお話ししてみると、「これをしなくてはいけない」という「マスト」を軸に生きてきて、やるべきことを必死でやってきた方が多い。根底には実直さ、真面目さがあると思います。しかし無理を続けた結果、身体が疲弊しているのではと思うんです。
弟子 生きづらそう、というのは心の問題だと思いますが、そこに体調がからんでくるんですね。

すべての病はストレスから

小國 ダイエットも不妊もアトピーも、ストレスや睡眠が根っこの原因であるケースが多いようです。とくに私は「眠りの深さ」に注目しています。
弟子 ストレスや睡眠が体に影響を及ぼすのは、どのようなメカニズムなのでしょう?
小國

日中に慢性的にストレスを受け続けると、夜中にコルチゾールが大量放出されるんですね。お弟子君、コルチゾールは別名「ストレスホルモン」だって知ってた?

弟子 コルチゾールといえば、血糖値をあげるホルモンだと思っていました。たとえば山で熊に出くわしたら、瞬時にコルチゾールが分泌されて、血糖値をあげて早く走れると聞いたことがあります。
小國 そう。だけどコルチゾールの働きはいいことばかりじゃないよね。人は深い眠りを得ると、脳や目の疲労を取ったり、血糖や脂肪を燃やす成長ホルモンが分泌されるけど、眠りが浅いとコルチゾールが分泌されてしまう。慢性ストレスによってコルチゾールが夜中に大量に分泌されると、悪い夢を見る、目覚めが悪い、朝方お腹が痛くなるといった問題が起こるんだね。
弟子 コルチゾールは要所で適量に出るのはいいけれど、出すぎたり、慢性的に出ているのはよくないんですね。
小國 そう。コルチゾールが出すぎると、熊から逃げるときも、足がもつれちゃうからね。昔、おまわりさんに追いかけられたときがそうだったな…。
弟子 小國さん、何をしたんですか…。それはそれとして、コルチゾールが出すぎないようにするのは、どうしたらいいんでしょう?
小國 方法はいろいろあるけれど、まずは深い睡眠を得ることが大事だよね。心身を回復させるものは「深い眠り」しかないからね。
弟子 ストレスを受け続けて、眠りも浅く、体調もよくならなくて悩んでいる。そういう方に、小國さんはどうアドバイスされていますか?
小國 まずは一度、立ち止まって自分の身体をいわたって欲しいとお伝えしています。そして漢方生薬などを飲んでいただいて、「私のお腹、温かいな」など、変化を感じていただけたらと思います。
弟子 いい変化を感じられたら、心もほぐれていきそうですね。
小國 実際にうちのお客様でも、最初はまったく笑顔がなかった方が、だんだん笑ってくれる場面が増えてくることが多いんだよ。
弟子 小國さんのギャグに慣れてきてくれたのかもしれませんよ。

漢方で「気持ち」を変えられるのか

小國 表面に出ている症状を抑えるには、病院の治療はとても役に立ちます。ただ、慢性的な疾患や精神的な問題がベースとなっている場合は、漢方生薬が役立つと思っています。
弟子 漢方の場合は、「病気ではなく、その人の体全体を見ること」が基本ですよね。
小國

そうだね。誰でも疾患が長く続くと、精神的にも疲れるし、場合によっては別の症状まで起こることもあるんだよ。そして私は、人は病気にはなってもいいけど、病人にはなってはいけないと思っているんです。

弟子 病気と病人って違うんですか?
小國 うん。病気はケガなども含めたもの。だけど病人は違う。病人には3つの段階があるんだ。一つ目は「ありがとうと言わなくなる」、二つ目は「笑顔がなくなる」、三つ目は「自分のことしか考えなくなる」。
弟子 不機嫌は伝染するといいますが、このように病人になってしまうと、ご本人も周りも、みんなつらくなってしまいますものね。反対に、病気で深い悩みをお持ちなのに、感謝の気持ちと笑顔があって、人の事を考えられる方もいらっしゃいますね。そういう方を私は尊敬しています。
小國

そうだね。昔からのお客さんで、パワフルなお母さんがいてね。旦那さんの鬱と離婚、娘さんの不登校など様々な問題があったけど、それを持ち前の明るさで乗り越えて、今は元気なお孫さんも誕生し、幸せに暮らしています。その方を見ていると、「感謝」や「足るを知る」「幸せ」を感じて生きているんだなぁと。やっぱり「セロトニン」って大事だなって思うんだよね。

弟子 セロトニンは、幸せホルモンと呼ばれているホルモンですね。
小國 うん。幸せホルモンといえばドーパミンもあるけど、こちらは「満足」を求めるホルモン。欲望が達成した瞬間は最高の快楽を与えてくれるけれど、その後はすぐ空腹になって、「もっと、もっと」と追い求めてしまう。
一方、セロトニンは不安や怒り、恐れなどをコントロールして、自律神経を整え、心を平穏な状態にしてくれる。「求める」のではなく、持っているものに感謝し、ゆるやかに幸せな気持ちで過ごせるんです。
「マスト人生」ではなく、そういう穏やかな気持ちで過ごせる人が増えて欲しい。そのために漢方の力でお役に立ちたいと思っています。